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    <title>ピコピコ日記</title>
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    <updated>2011-05-17T02:29:15Z</updated>
    <subtitle>だからカーチャン、ピコピコって呼ぶのやめてよ</subtitle>

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    <title>テクノラートの意識と現実　3</title>
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    <summary>映画『王様と私』はタイを侮辱しているとされ、上映禁止になっていましたが、これも外...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://itginet.com/">
        <![CDATA[<p>映画『王様と私』はタイを侮辱しているとされ、上映禁止になっていましたが、これも外国人専門家の活躍ぶりを示すひとつの例といえるでしょう。</p>

<p><br />
『王様と私』のアンナは見事な教育効果を挙げたようですが・・・</p>

<p><br />
残念ながら、外国人専門家の指導による行政面でも技術移転は十分な効果をおさめていませんでした。</p>

<p><br />
おそらく戦前のタイの人々には、顧問として君臨していた外国人を敬うだけであり、外国人専門家の知識や技能を自分のものにするという意識は希薄であったに違いありません。</p>

<p><br />
学歴や身分での評価はあっても、経験によって得た知識や技術を評価する制度はタイにはなかったからです。</p>

<p><br />
世銀から報告の提示を受けてタイ政府が考えたのは、先進国への留学生の派遣でした。</p>

<p><br />
先進国からの援助をもとにしたり、ささやかなタイ政府の奨学資金の貸与で先進国へ学生をおくりこんだのです。</p>

<p><br />
民間企業や自費による留学も増えました。</p>]]>
        
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    <title>テクノラートの意識と現実　2</title>
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    <summary>予算配分に優先順位が考えられていませんし、恣意的な行政が行われています。 それは...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://itginet.com/">
        <![CDATA[<p>予算配分に優先順位が考えられていませんし、恣意的な行政が行われています。</p>

<p><br />
それは組織が近代化していませんし、テクノラートが育っていないからです。</p>

<p><br />
政府という大きな組織の運営には、組織自身の近代化とそこで働く人の知識と意欲が必要です。</p>

<p><br />
タイの現状を改善するには、テクノラートの養成が前提となります。</p>

<p><br />
こうした鋭い世界銀行の指摘に対応して、タイ政府は人材の養成に努めはじめました。</p>

<p><br />
そして今、タイには、政府、民間を問わず、多くのテクノラートが意思決定の中枢に座っています。</p>

<p><br />
タイ政府には、戦前、多くの外国人専門家が招集されていました。</p>

<p><br />
あつれきを恐れたタイ政府は、財政部門にイギリス人、法律部門にフランス人などと、国別、部門別に外国人専門家を雇っていました。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>テクノラートの意識と現実</title>
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    <summary>大来佐武郎元外相は、87年末のタマサート大学での演説で、「日本よ、変われ」と強調...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://itginet.com/">
        <![CDATA[<p>大来佐武郎元外相は、87年末のタマサート大学での演説で、「日本よ、変われ」と強調され、それこそが日本とタイとの協力である、と議論されました。</p>

<p><br />
事実をもとにした反論は必要です。</p>

<p><br />
・・・しかし、そのためにも、日本自身が自らの姿勢をたださねばならないのです。</p>

<p><br />
タイの戦後の経済成長は著しいものがありました。</p>

<p><br />
その背後にあったものとして、1960年に発表された世銀勧告の重要性がまず挙げられます。</p>

<p><br />
勧告は、政府は社会資本の充実など経済環境の整備に努めるべきであり、民間部門の活動が期待できる分野への進出は避けねばならない、とするものでした。</p>

<p><br />
こうした考え方に基づき、財政支出の現状や予算制度への厳しいコメントも出していました。</p>

<p><br />
しかし、世銀勧告には、もうひとつの注目すべき内容が含まれていました。</p>

<p><br />
テクノラートの養成です。</p>

<p><br />
</p>]]>
        
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    <title>NlESから撤退する日系企業　2</title>
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    <summary>韓国でも合弁計画を見直す動きが出始めました。 東芝は三星電子との間で計画していた...</summary>
    </mt:EntryTags></mt:EntryIfTagged>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://itginet.com/">
        <![CDATA[<p>韓国でも合弁計画を見直す動きが出始めました。</p>

<p><br />
東芝は三星電子との間で計画していた対米向けビデオテープレコーダー生産の合弁企業設立を見送りました。</p>

<p><br />
賃金上昇と韓国ウォンの切り上げで採算が合わなくなったためです。</p>

<p><br />
円高を契機に家電各社はNIESに進出しましたが、経済発展に伴う労働力不足、通貨切り上げでNIES活用戦略は曲がり角に来ているといえそうです。</p>

<p><br />
公害問題も表面化急速な工業化の歪みも徐々に表面化しつつあります。</p>

<p><br />
その一つが公害問題・・・。</p>

<p><br />
特に87年末に1人当たり国民所得5000ドルを達成。</p>

<p><br />
生活が豊かになるとともに社会意識が高まった台湾で急速に公害への関心が盛り上がっています。</p>]]>
        
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    <title>NlESから撤退する日系企業</title>
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    <summary>こうした賃金上昇に耐えかねて、工場の移転・再編に取り組む日系企業が増えています。...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://itginet.com/">
        <![CDATA[<p>こうした賃金上昇に耐えかねて、工場の移転・再編に取り組む日系企業が増えています。</p>

<p><br />
日本の大手通信機メーカーのユニデン・グループは88年に主要生産・輸出拠点を台湾からフィリピンに移転しました。</p>

<p><br />
89年にはグループの総生産量のほぼ半分をフィリピンに集中する計画です。</p>

<p><br />
輸出専門の組み立て産業では通貨情勢、人件費が競争力を左右します。</p>

<p><br />
移転の理由は台湾ドル高、人件費の高騰です。</p>

<p><br />
人件費が台湾のほぼ3分の1で済むフィリピンに移転、競争力を維持しようとする当然の企業行動です。</p>

<p><br />
三洋電機も台湾、シンガポールの労働力不足に対応して、音響製品部門の生産体制再編を進めています。</p>

<p><br />
台湾ではこれまで音響工場は2ヶ所に分散していましたが、比較的労働力が得やすい南部の台南工場に生産を集約しました。</p>

<p><br />
シンガポールでも労働集約的な組み立て部門は人手不足で今後採算に乗せるのが難しいとして、組み立て工程をマレーシアのグループ工場に移すことにしました。</p>

<p><br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>安定成長への課題　2</title>
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    <summary>賃金上昇に伴い消費も拡大、88年前半には50%近い小売販売額の伸びを示しています...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://itginet.com/">
        <![CDATA[<p>賃金上昇に伴い消費も拡大、88年前半には50%近い小売販売額の伸びを示しています。</p>

<p><br />
香港ドルの下落により輸入価格が高騰、消費ブームと重なってインフレ懸念が出始めています。</p>

<p><br />
シンガポールも失業率は2%台と完全雇用に近い状態で、特に好調な電気・電子産業で労働力不足が問題となっています。</p>

<p><br />
電気関連業界では、シンガポールの賃上げ指針ともいうべき全国賃金評議会のガイドラインを2倍程度上回る引き上げになっているといいます。</p>

<p><br />
韓国も87年6月の民主化宣言をきつかけに労働者の権利獲得を求める労働争議が多発、人手不足とあいまって賃金が大幅上昇しました。</p>

<p><br />
87年の賃上げ率は製造業平均で20%にも達しました。</p>

<p><br />
88年も労使紛争が再燃、春の賃上げは製造業で平均15%台となりました。</p>

<p><br />
台湾も高い経済成長と高学歴化により失業率は1%台で推移。</p>

<p><br />
労働賃金の上昇率は88年春で6～8%となり、台湾ドル高と合わせ価格競争力に大きな影響を与えています。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>安定成長への課題</title>
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    <summary>「最も心配なのは人手不足」(シンガポール通貨庁のピレー総裁)。 「完全雇用に近く...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://itginet.com/">
        <![CDATA[<p>「最も心配なのは人手不足」(シンガポール通貨庁のピレー総裁)。</p>

<p><br />
「完全雇用に近く労働力不足はひどくなるばかり」(香港政庁の曹廣栄・行政サービス長官)。</p>

<p><br />
・・・アジアNIESは対米摩擦のほか、経済成長を阻みかねない各国固有の課題を抱えています。</p>

<p><br />
その一つが労働力不足です。</p>

<p><br />
人手不足に伴う賃金上昇は輸出主導の経済成長に赤信号を灯しています。</p>

<p><br />
もっとも深刻なのが香港でしょう。</p>

<p><br />
失業率が88年を通じ1%台で推移、高学歴化に伴う出生率の低下、97年の中国への返還問題を控えた頭脳流出もあり、人手不足は社会問題化しています。</p>

<p><br />
折りからの建設ラッシュのため、特に建設従業員の不足が顕著で、工場労働者、ホテルなどサービス業も人手不足に悩んでいます。</p>

<p><br />
香港の87年の賃上げ率は平均9%でしたが、88年は約20%に達したとみられています。</p>

<p><br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>エジプトの因習と占い</title>
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    <summary> 古い時代のエジプトのおまもりは、たいていは、獣類その他いろいろな形をした緑色片...</summary>
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        <![CDATA[<p><br />
古い時代のエジプトのおまもりは、たいていは、獣類その他いろいろな形をした緑色片磨岩の小片でできていて、死者の胸のうえに置いてありました。</p>

<p><br />
それらは史前時代のエジプト各地方の墓所や、すこし後の王朝期以前の古い墓所において、おびただしく発見されました。</p>

<p><br />
M・J・ド・モルガンの説によると、それらのおまもりは明らかに儀式用のものであり・・・</p>

<p><br />
それを用いる風習は新石器時代に入る以前までに、すでにひじょうに弘く流布するようになっていたと言います。</p>

<p><br />
石や金属製の甲虫は、王朝時代以前の緑色片磨岩を材質にしたおまもりの名残り。</p>

<p><br />
後世になるにしたがい、宝石・黄金その他の金属・花闘岩・鉱石.磁器・木材・パピルス・皮革・粘土板などが用いられるようになりました。</p>

<p><br />
・・・以上はサー・ウォーリス・ブッジの『エジプトの魔法』からの、ごくかいつまんだ要約です。</p>

<p><br />
<a href="http://www.uranai-king.com" target="_blank">電話での占いはココ</a>です。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>江戸の鐘の音　2</title>
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    <summary>岡山の城下町は、17世紀中ごろ人口の増加によって町は膨張しました。 そこで寛文6...</summary>
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        <![CDATA[<p>岡山の城下町は、17世紀中ごろ人口の増加によって町は膨張しました。</p>

<p><br />
そこで寛文6年(1666)藩は栄町に時鐘をおき、鐘撞きには、ときや叉右衛門と下男3人の給銀として、年々銀一貫目を藩が支給しました。</p>

<p><br />
高崎にあった時鐘は、鐘の撞き方によって火事の報知となったことが、『藩法令集』五、高崎藩、「鞘町火之見番人井鐘撞之事」という資料に見えています。</p>

<p><br />
この鐘撞4人の給米が1年20俵、鐘撞堂修復の節は手伝人足が惣町から出ることになっていました。</p>

<p><br />
・・・ところが寛政3年(1791)9月29日、鐘撞人がうっかりして、明六ツ時を3分ほど遅刻して撞いてしまいました。</p>

<p><br />
これが分かって御月番から餐めをうけ、鐘撞人には免職、5日間の投獄が申しつけられましたが・・・</p>

<p><br />
その後罰金百文でゆるしてもらったという事件が起こっています。</p>

<p><br />
いまの時間で約20分ほど遅れて撞いたために厳しく罰せられたわけで・・・</p>

<p><br />
まだ<a href="http://www.smart-time.net/?mode=cate&cbid=769585&csid=0" target="_blank">D&G 時計</a>のない時代、時刻の管理が江戸時代においてすでにいかに厳格に行なわれていたかを示すものとして興味深いですよね。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>江戸の鐘の音</title>
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    <summary>醤油屋の手代徳兵衛と曽根崎新地の遊女おはつが、死の前にきいた鐘は七つ。 午前4時...</summary>
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        <![CDATA[<p>醤油屋の手代徳兵衛と曽根崎新地の遊女おはつが、死の前にきいた鐘は七つ。</p>

<p><br />
午前4時の釣鐘町の時の鐘でした。</p>

<p><br />
ケンペルは午前4時の時報は銅鋸によったといいますが、真偽のほどはともかく・・・</p>

<p><br />
おはつ・徳兵衛の心中の道行には7つの鐘が寂滅為楽と響いていたのです。</p>

<p><br />
江戸、大阪のほか、京都では下京の六角堂前の鐘が時報の鐘で、「京のへそ」といわれ古町の中心となりました。</p>

<p><br />
盛岡では、慶安元年(1648)時鐘が破れたので、城下の鋳物師忠兵衛が自費で鋳直し献上しました。</p>

<p><br />
しかし音が小さくて城下町に伝わらなかったので、慶安5年(1652)南部氏は時鐘を鋳造させていますが・・・</p>

<p><br />
明暦3年(1857)この時鐘を町方へ与え、城中では太鼓を打つことにしました。</p>

<p><br />
これはまだ<a href="http://www.smart-time.net/?mode=cate&cbid=769585&csid=0" target="_blank">D&G 時計</a>のような腕時計が一般に普及していない頃の話です。</p>]]>
        
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    <title>「あなたにとって旅とは？」</title>
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    <summary>今回は、「あなたにとって旅とはなんですか？」という質問に対するバックパッカーたち...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://itginet.com/">
        <![CDATA[<p>今回は、「あなたにとって旅とはなんですか？」という質問に対するバックパッカーたちの声をのせます。</p>

<p><br />
旅の参考になさってください。</p>

<p><br />
●日常を保つための潤滑油。</p>

<p><br />
旅がない人生なんて人生じゃない。</p>

<p><br />
旅先に自分を置いて、はじめて見えてくる自分があると思います。</p>

<p><br />
(23歳会社員女性)</p>

<p><br />
●自分が大きくなれる。</p>

<p><br />
気分もよくなる。</p>

<p><br />
日本ではわからないこと、違った文化や人々と出会い、いろいろなことを感じて吸収し、もっと自分を大きくしたい。</p>

<p><br />
(27歳会社員女性)</p>

<p><br />
●道楽です。</p>

<p><br />
半年ほどまじめに仕事をしていると中毒症状が出てきます。</p>

<p><br />
金と休暇を貯めるために仕事しているようなものです。</p>

<p><br />
(35歳会社員男性)</p>

<p><br />
●アリ地獄、サルのオナニー、現実逃避。</p>

<p><br />
(25歳フリーター男性)</p>

<p><br />
●出逢いの場。</p>

<p><br />
また、さまざまな体験を買うことでもあると思う。</p>

<p><br />
(30歳会社員男性)</p>

<p><br />
●何なんでしょう？</p>

<p><br />
ふらふらしてその国の人と話したり、ご飯を食べたり歴史を学んだりということなのかな？</p>

<p><br />
(22歳学生男性)</p>

<p><br />
●自分の世界を広げること、気分転換。</p>

<p><br />
(25歳会社員女性)</p>

<p><br />
●ストレス解消、自分を見つめ直す期間、東激を受けるために旅に出る。</p>

<p><br />
(25歳会社員女性)</p>

<p><br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>最高の道楽　3</title>
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    <summary>家族の不幸で緊急帰国する場合、海外旅行保険の中の「旅行短縮費用保険」が適用されま...</summary>
    </mt:EntryTags></mt:EntryIfTagged>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://itginet.com/">
        <![CDATA[<p>家族の不幸で緊急帰国する場合、海外旅行保険の中の「旅行短縮費用保険」が適用されます。</p>

<p><br />
さて、旅はトラブルの連続です。</p>

<p><br />
バックパッカー旅行は、特にそうです。</p>

<p><br />
ささいなことまで含めれば、毎日毎日、トラブルと一緒に旅をしているようなもの。</p>

<p><br />
でも、それが旅なのだと思います。</p>

<p><br />
トラブルをひとつひとつ乗り越えて、旅を紡いでいくのです。</p>

<p><br />
旅を作っていくのです。</p>

<p><br />
どんなトラブルだって、結局は解決するのだが、それにはバックパッカーの「行動力」が必要です。</p>

<p><br />
そのへんの人々に片言の英語や現地語で話してみたり、旅行者と相談すれば、ほとんどのトラブルはどうにかなるもの。</p>

<p><br />
動いて、話して、聞いて、考える。</p>

<p><br />
これがバックパッカー旅行の基本です。</p>

<p><br />
これさえできる人ならば、世界のどこだって旅ができるでしょう。</p>

<p><br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

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    <title>最高の道楽　2</title>
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    <summary>旅に憧れて飛び出したら何をするにも億劫になって・・・もう帰りたい。 日本に戻りた...</summary>
    </mt:EntryTags></mt:EntryIfTagged>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://itginet.com/">
        <![CDATA[<p>旅に憧れて飛び出したら何をするにも億劫になって・・・もう帰りたい。</p>

<p><br />
日本に戻りたい・・・となってしまう人もいないとは限りません。</p>

<p><br />
また、身内や友人に不幸が起きるなど、一刻も早く帰国しなくてはならない場合もあるかもしれません。</p>

<p><br />
そうなったら、まずは航空券の手配です。</p>

<p><br />
オープンチケットを買っている人は、帰りの日付を変えましょう。</p>

<p><br />
ただし「明日の便に予約を入れたい」と言っても、もう満席ということが多いもの。</p>

<p><br />
手配は街や空港の航空会社のオフィス、それに旅行代理店でできます。</p>

<p><br />
フィックスチケットの人は、今持っているチケットが紙クズになりますが、新しい航空券を買うことになります。</p>

<p><br />
航空会社に相談すると、フィックスでも予定の変更ができる場合があります。</p>

<p><br />
ダメモトで交渉してみるといいでしょう。</p>

<p><br />
とにかく早い便で帰りたいなら、空港でキャンセル待ちして席を確保するという方法もあります。</p>

<p><br />
・・・運との勝負です。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>最高の道楽</title>
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    <summary>空港内レストランのタダ券に泊まれます。 空港で待ちぼうけしているとやがてバスが現...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://itginet.com/">
        <![CDATA[<p>空港内レストランのタダ券に泊まれます。</p>

<p><br />
空港で待ちぼうけしているとやがてバスが現れ</p>

<p><br />
「○○便のお客様、こちらへ」</p>

<p><br />
・・・と誘導され、市内に戻り、ホットシャワーも冷房もテレビもある立派なホテルにご案内です。</p>

<p><br />
旅行中で恐らく一番のゴージャス気分に浸れるでしょう。</p>

<p><br />
オーバーブッキングされて喜ぶパッカーもいるのです。</p>

<p><br />
以前は航空会社も対応が悪く、粘り強く交渉しないとミールクーポンもホテルもなかなかアレンジしてくれなかったものですが、今では向こうから</p>

<p><br />
「これでとりあえずお食事を。ホテルは後ほど。</p>

<p><br />
明日の航空券が用意できましたら、ホテルのお部屋に届けます」</p>

<p><br />
・・・なんて、極めてオートマティック。</p>

<p><br />
この際だから、ちょっとだけ楽チンツアー気分を満喫してしまいましょう。</p>

<p><br />
バックパッカー旅行なんてのは最高の道楽だと思いますが、やっぱり合わない人だっているのは当たり前のことですね。</p>

<p><br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>大気汚染の問題　9</title>
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    <summary>煙害または鉱害と呼ばれてきた古い型の大気汚染が、今日でもなおいくつかの地域で見ら...</summary>
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        <![CDATA[<p>煙害または鉱害と呼ばれてきた古い型の大気汚染が、今日でもなおいくつかの地域で見られます。</p>

<p><br />
そのうち、わたしたちが直接眼にふれる機会がもっとも多いものは、瀬戸内海の直島製錬所の周辺でしょう。</p>

<p><br />
ここは、足尾荒廃地ほどの面積ではないのですが、交通の要所にあり、人びとの眼につきやすいため、大気汚染の影響を知るのにもってこいです。</p>

<p><br />
直島は、本州と四国を結ぶ大動脈の宇高航路の途中にあります。</p>

<p><br />
国鉄の宇高連絡船が岡山県の宇野港を出航して間もなく前方にいくつかの小さな島が見えてきます。</p>

<p><br />
それらの島々には緑がほとんどなく、花こう岩の風化した土壌がむき出しとなり、山腹斜面には雨水の浸食によって生じたいくすじもの深いミゾが切れ込んでいます。</p>

<p><br />
緑色は岩陰のところどころに、ごく小さな茂みが見えるだけです。</p>

<p><br />
瀬戸内海は晴天が多いのです。</p>

<p><br />
陽光に照らし出された、まばゆいばかりの島影はむしろ感動的ですらあります。</p>

<p><br />
この島にはめずらしい<a href="http://www.rakuten.co.jp/auc-e-seedlings/" target="_blank">野菜 種</a>も数多く存在しています。</p>]]>
        
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